漁師虐殺で出来た在日特別永住許可

特別永住許可は戦後自衛隊がまだ出来てなく日本が丸腰だった時に、建国したばかりの韓国が李承晩ラインを設定し日本の漁師を虐殺し竹島を占拠して、李承晩ラインと漁師らの解放の引き換え条件として出来た制度です。

李承晩ライン(WikiPedia)
李承晩ラインで韓国が繰り広げたことこれに対し日米両国は「国際法上の慣例を無視した措置」として強く抗議した。しかし、当時はサンフランシスコ平和条約に署名はしていたものの、発効3ヶ月前で、日本の主権回復しておらず、また日本の海上自衛隊の前身組織である海上警備隊警備隊も存在していなかった。

日韓基本条約締結の際の日韓漁業協定の成立(1965年昭和40年〉)により、ラインが廃止されるまでの13年間に、韓国による日本人抑留者は3,929人、拿捕された船舶数は328隻、死傷者は44人を数えた[3]。抑留者は6畳ほどの板の間に30人も押し込まれ、僅かな食料と30人がおけ1杯の水で1日を過ごさなければならないなどの劣悪な抑留生活を強いられた。共産主義者だとわかると抑留期間も数年間におよんだ[4]

李承晩ラインの問題を解決するにあたり、日本政府韓国政府の要求に応じて、日本人抑留者の返還と引き換えに、苦慮しつつも、常習的犯罪者あるいは重大犯罪者として収監されていた在日韓国・朝鮮人472人[6][注釈 1]を放免し、日本国内に自由に解放し在留特別許可を与えた[7]

そろそろ特別永住許可なんてものは廃止するべきですね。
権利ではなく単なる許可なんですから。

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