日本の震災に驚喜した韓国の狂気

シンシアリーさんの「韓国人による韓国論」を何冊も読んで、韓国人の異常性を知ったつもり、になってから何年も経つのですが、今でも時々拾い読みする韓国論シリーズに目からウロコの新鮮な気付きを覚えることがあります。

今朝「枕韓論」の「シンシアリーさんが東日本大震災を街で喜んで叫ぶ韓国人を見て韓国を呪った」のフレーズを見ていて、嫌いな相手の不幸に対する韓国人の「喜ぶ」と日本人の「喜ぶ」には、超えられないギャップがあることに改めて思い至ったのです。

「他人の不幸は蜜の味」という言葉があるように、誰にも相手の不幸を喜ぶ気持ちはありますが、それは出来るだけ表に出さず向上心にうまく転嫁していくべきものだという常識が日本人にはあります。

たとえ嫌いな相手の不幸であっても東日本大震災のように多数の死者が出た災害に対して街中で叫び声をあげて驚喜するような人間がいたら、日本人の感覚ではそれはただただ気持ち悪い気違いでしかありません。

東日本大震災の時、シンシアリーさんが街の至る所で叫び声をあげて大震災を喜ぶ韓国人を見かけて韓国を呪う気持ちになったと書いていますが、日本人がその場に居合わせたら、やはり韓国に対する嫌悪感でいたたまれない気持ちになったことでしょう。

私が最初にその文章を読んだ時に、あまり嫌な気持ちにならなかったのは、韓国人の狂気が自分の感覚とあまりにかけ離れていてその情景を想像することさえ出来なかったせいだと思います。

最近の韓国政府やマスコミの言動を見ているうちにやっと韓国の狂気が感覚的に判ってきたということかもしれません。
最近のネットの書き込みをみていると、日本人の大多数が私と同じような目で韓国を見始めたことをひしひしと感じます。

歴史の流れは大きくゆっくりと流れているようですが、いったん加速すると想像を超える勢いで世の中が変化するものです。
もはや、日本の嫌韓の勢いはとどまりそうにもなく、想像を超えた領域まで一気に突き進みそうな気がします。

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